アドラー心理学「褒めてはいけない」とは○○を伝えること

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こんばんは、小野田です。

『嫌われる勇気』の中で、
「褒めてはいけない」と書いてあります。

一般的に「効果ある教育」とされてる方法では、
「どんどん褒めよう!」どんなに褒められるのが苦手な人でも
なんだかんだ褒めた方が伸びる。ここに例外はない。

と言われていますが、
アドラー心理学ではそれを否定するような形で
「褒めてはいけない」とされています。

では、どうすればいいのか?

という対策として、
「友達のように接しよう」と
すごく抽象的なことを話しています。

では、もっと深掘りしていって
「友達のように接するとはどういうことか?」
について今回は触れていきたいと思います。

この感覚を考えるときに
すぐに僕が思い浮かべたのは、
9年間続けたバスケ部のことです。

部活では試合形式の練習をすることが多く、
部内のメンバーで分かれてチーム戦をするんですが、
一応、これでも部長に任命されていたので
メンバーへの声掛けは意識していました。

たとえば味方がシュートを決めたときには
「ナイシュー!!」と言います。
(ナイシュー:訳ナイスシュート)

ここ注目ポイントなのですが、

=================
この「ナイシュー!」という声掛けは
”褒める”に含まれるのか?
=================

そんなことを考えたみたとき、
僕の中では褒めてる感覚ではありませんでした。

ただただ、

味方がシュートを決めて
自分たちのチームに得点が入った。
それはナイスなシュートでしょ。

ナイシュー!

という「事実」を言っているだけなのです。

褒めているわけではなくて、
良いシュートだと思ったから
ナイスシュート!と言っただけ。

ただそれだけなんですね。

友達と一緒にゲームをするときも、
友達が良いプレーをしたら
「ナイス!」とよく言いますが、
これも褒めている感覚ではありません。

ただただ、

ひたすらに純粋に
「事実」をそのまま言っただけなのです。

ですが、同じような場面で
もし「上手だね!」と言ったとしたら、
それは”褒める”となり、
若干の上から目線が入ってしまいます。

綺麗に掃除した人に対して
「綺麗ですね」と言うのは”事実”ですが、
「すごいですね」だと”褒める”になります。

そして、”褒める”で言ってしまうと
相手は「褒められるために頑張る」という
他者の人生で生きるようになってしまう・・・

アドラーが危惧していたのは、
きっと、こういうことなんだと思います。

ではでは、今回はこれで。
ありがとうございました。

【関連記事】
「褒められたい・認められたい」で頑張ってもいいじゃない

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  • 2017 01.25

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管理人

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小野田サトシ(元かろりぃ)

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